高市首相は「企業にも政治活動、政治参加をする権利がある」と意味不明な迷い事を吐いて企業献金を頑なに廃止しない。企業に政治参加をする権利などないよ。有権者じゃないんだから。政治参加する権利があるのは人間だけですよ。企業に政治参加をする権利はない。
企業が政治献金する目的を高市首相は知っているのだろうか?自社や業界に有利な社会にさせるため。見返りを求めない企業献金などない。企業献金を受け取っている時点でその企業を特別扱いした政治になるに決まっているし、有権者からそう見られることは確定している。個人なら見返りを求めない純粋に応援する気持ちで献金することはあるだろう。しかし企業が見返りを求めない献金をしたら、株主に対しての背信行為である。自社に対して利益にならない行為をしているのである。なぜ見返りを求めない献金をするのかと執行部は吊るし上げられるだろう。
昨年、日本の政治が大きく変わるかもしれない瞬間があった。企業献金廃止の議論が現実味を帯び、政治とカネの構造を根本から変えるチャンスが訪れた。しかし、その機会は握りつぶされた。政治家が自らの既得権益を手放すことの難しさを、改めて突きつけられた瞬間だった。
かつて日本は「円が強い国」だった。輸入品は安く、国内産よりも海外の食料や日用品が安価に手に入った。その結果、日本は自給自足の基盤を自ら捨て、輸入依存の体質を深めていった。しかし2000年代、政策の軸が「一億総中流」から「一部の富裕層優遇」へと転換すると、国内経済は急速に痩せ細った。
その衰退が、今の歴史的円安という形で跳ね返ってきている。
学術分野では企業献金は研究結果を歪めるため「完全アウト」だ。しかし政治では、なぜか許されている。むしろ堂々と制度化されている。
企業献金は、政治家にとっては“合法的な賄賂”であり、献金元である大企業や資産家に有利な政策が優先されるのは当然の帰結だ。
円安で輸出大企業は儲かる。消費増税で庶民は苦しむ。それでも政策は変わらない。
なぜなら、政治家が誰のために働いているかが明白だからだ。官僚の天下り先として乱立した外郭団体と並び、企業献金は日本衰退の“二大エンジン”と言っていい。
興味深いのは、日米ともに「庶民の望み」と「政権の望み」が真逆になっている点だ。
- トランプ政権:輸出強化のためドル安・利下げを望む
- 米国民:利下げを望むが実現しない
- 高市政権:輸出優遇のため円安・利上げ見送りを望む
- 日本国民:利上げを望むが実現しない
どちらの国でも、政策の重心は“庶民”ではなく“輸出大企業”に置かれている。
2012年頃、我々は1ドル=78円程度で買い物をしていた。それが今では、1ドル=160円。円安は加速度的に進行し、生活コストは倍増した。これは単なる為替変動ではなく、政治の選択の結果だ。
企業献金がある限り、政治は大企業のために動く。庶民のための政策は後回しにされる。円安も、消費増税も、社会保障の削減も、その延長線上にある。だからこそ企業献金は完全廃止するべきだ。政治が国民の側を向くための最低条件だと思う。


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